日本加速器学会 第21回学会賞

2025年5月9日、28日に開催した学会賞選考委員会における選考をもとに、 理事会で審議した結果、第21回(2024年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。
(敬称略)

奨励賞 The 21st PASJ Award for Research Encouragement

氏名:鷲見 一路
所属:元 名古屋大学大学院(現(株)アイシン)
業績:J-PARC ミューオンg−2/EDM 実験のための低エミッタンスミューオンビーム加速に関する研究
<推薦理由>
 標準模型を越える新物理探索のための超精密実験(J-PARC Muon g-2/EDM実験:E34)に特化した新しいビームラインの 建設がJ-PARCで進んでいる。鷲見氏は、ミューオン線形加速器の開発グループの主戦力として、低エミッタンスミューオンビームの 実現に不可欠な「冷却」と「加速」の実証実験、ミューオンをほぼ光速まで加速する加速管(ミューオンDLS)の原理実証を達成し、 これらの成果を本論文に体系的にまとめている。 主となる2つの研究についての成果論文が、日本加速器学会奨励賞にふさわしい成果であり、推薦する。

 1.熱ミューオニウムのレーザー共鳴イオン化による冷却手法と、高周波四重極(RFQ)線形加速器による加速技術を組み合わせ、冷却と加速の同時実証。
 室温程度(30 meV)の超低速ミューオンを静電場(5.7 kV)で引き出し、RFQによる加速原理実証をした。 ビーム強度が非常に低く(数百秒に1個程度)なるため、ビームダイナミクスシミュレーションやアライメント誤差の影響評価など、 事前の詳細な検討が実験の成功を左右する。鷲見氏は、すべてのコンポーネントについてシミュレーションを実施し、 Qスキャン法を用いて加速後のビームエミッタンスを測定し、これは冷却前(核破砕反応で生成したπ中間子からの崩壊ミューオンビーム)と 比較して二桁以上のエミッタンス低減を確認した。冷却と加速により、低エミッタンスミューオンビームの実現性を世界で初めて実証した成果といえる。

 2.ミューオン専用の円盤装荷型進行波加速管(ミューオンDLS)の原理実証も行った。E34では、冷却後のミューオンを 全4種類の高周波空洞から成る線形加速器で光速の94%まで加速する必要がある。従来のDLSは電子加速に用いられてきたが、 ミューオンDLSでは、ミューオンの速度が光速の70%から94%まで急激に変化し、最も高い加速勾配(20 MV/m)を実現する設計である。 それゆえ、加速構造の基本単位であるセル長を徐々に変化させるという全く新しい設計が必要となる。鷲見氏は、電子加速管の知見を応用し、 ミューオンの速度変化に応じたセル長設計手法を確立した。また、あらゆる誤差検討のためのビームダイナミクスシミュレーションも実施し、 RF振幅誤差0.5%、位相誤差1度、セル振幅誤差2%、セル移相誤差3度以内であればビーム品質への影響が十分に小さいことを示した。 最終的には本設計に基づいて試作機を製作し、高周波特性試験により要求精度を満たすことを実証した。

 鷲見氏はこれらの研究を主導し、着実な成果を出した。2022年度 ビーム物理研究会・若手の会 若手発表賞、 ならびに第19回加速器学会年会(PASJ 2022)年会賞を受賞しており、加速器コミュニティー内の客観的評価も高いと言える。


特別功労賞 The 21st PASJ Award for Distinguished Services

氏名:佐藤 潔和
所属:東芝エネルギーシステムズ(株)
業績:先進加速器技術の開発と社会実装への貢献
<推薦理由>
 佐藤潔和氏は、1988年に株式会社東芝に入社して、京浜事業所において加速器、超伝導機器の開発、設計から 製造までを主導してきた。特に、高周波加速空洞や高周波システムについて造詣が深く、これまでに、 大型放射光施設SPring-8、KEK-PF、KEK-Bファクトリー、UVSOR、NewSUBARU、SAGA-LS、あいちシンクロトロン、 Australian Synchrotron、放射線医学総合研究所HIMAC、大強度陽子加速器施設J-PARC、理化学研究所RIビームファクトリーBigRIPSなど、 ビームの種類を問わず数多くの加速器の建設に対して大きな貢献を果たしてきた。
 特に、超伝導電磁石の分野において、従来の超伝導電磁石には必要だった液体ヘリウムを使わず 小型冷凍機を用いた伝導冷却で極低温を実現する、液体ヘリウムを使用しない冷凍機冷却超伝導電磁石の開発と実用化に取り組み、 2019年に「第51回市村産業賞 貢献賞」を受賞している。この技術は、放射線医学総合研究所(現 量子科学技術研究開発機構(QST) 量子医科学研究所)との共同開発による世界初の重粒子線がん治療装置用超伝導回転ガントリーに応用され、現在はQST病院、 山形大学、韓国延世大学で稼働しており、今後も世界各国に導入予定である。
 佐藤氏は加速器技術に対して常に旺盛な好奇心を持ち続け、加速器研究者と二人三脚で先進加速器技術の開発と安定運転に尽力し、 我が国の加速器科学の発展に貢献してきた。また、前述の超伝導電磁石の技術は医療分野において社会実装され、 さらに重粒子線がん治療装置の小型化およびその普及拡大に貢献することが期待される。
 また、これまで「次世代放射光施設」や「国際リニアコライダー」など大型プロジェクトの審査委員などを歴任しており、 加速器技術の有識者として多くのプロジェクトへも貢献している。近年では、高エネルギー加速器科学研究奨励会の評議員なども 務めており、原子力や加速器関連の高度な技術分野での専門性を活かして、学術界へ貢献する活動も精力的に行っている。
 以上の理由から、佐藤潔和氏を第21回日本加速器学会特別功労賞に推薦する。
なお、特別功労賞の授賞者には、併行して名誉会員資格を推薦する。