日本加速器学会 第20回学会賞
2024年5月22日に開催した学会賞選考委員会における選考をもとに、
理事会で審議した結果、第20回(2023年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。
(敬称略)
技術貢献賞 The 20th PASJ Award for Technological Contribution
氏名:SAHA PRANAB KUMAR
所属:日本原子力研究開発機構
業績:J-PARC RCS設計ビームパワー1MWでの、ビームロスの最小化とビーム品質の大幅改善
<推薦理由>
中性子およびハドロンなどの様々な二次粒子を利用者に供給するJ-PARCでは、400 MeVリニアックに
引き続き3 GeVシンクロトロン加速器(RCS)により世界最大級の1 MWの大強度陽子ビームを利用し、
さらに主リングシンクトロン(MR)により30 GeVまで陽子を加速し二次粒子を供する。RCSでは、僅かな
ビームロスでも周辺機器を高度に放射化させるため、ビームロスを低く抑える必要がある。
Saha氏は、数値シミュレーションと実際のビームを用いた試験により、RCSにおけるビームロスを
最小限に抑える研究を進めた。RCSのビームロスはこれまでの研究により、コリメータでほぼ局在化され
たものの、入射部やアーク部などで制御不能なビームロスが存在するとともに、これらの残留放射能が極
めて高い問題があった。また、MRにおけるビームロスを低く抑えるため、低エミッタンスのビーム加速が
求められる。この達成のためには、入射に用いるペインティング領域を小さくすることで可能であるものの、
ビーム入射に用いる荷電変換フォイルでの散乱回数が増大するため、ビームロスの発生とフォイルの
寿命低下などの問題があった。入射バンプ電磁石に存在する6極磁場成分により、水平方向の3次共鳴が
発生するため、部分的な共鳴補正によりビームロスを低減させた。また、入射に用いるペインティングの
最適化を行い、ビームハロー生成とビームロスを低く抑えた。また、ペインティングの最適化により、MRへ
供給するエミッタンスを小さくするとともに、フォイル散乱によるビームロスを半減させる効果をもたらした。
さらに、入射時のベータトロンチューンの最適化により、ビームの不安定性を回避した。
これらの対策により、ビームロスは大幅に削減することができ、特にコリメータ部に集中したビームロスが
100 W以下と著しく低く抑えられるようになった。さらに、RCSの下流側の機器におけるビームロス低減にも
貢献した。Saha氏の成果により、RCSで設計としていたビーム出力1MWにおけるビームロスがほぼ極限まで低減され、
RCSの大強度陽子ビームを用いた持続可能な運用が可能になった。また、MR用にRCSから取り出されるビームの
実効的なエミッタンスも低減することができた。さらに、中性子ターゲットまでのビーム輸送系のロスを70%
減少させた。Saha氏の研究は、機器の放射線被ばくの低減やJ-PARCの稼働率向上にも貢献した。
これらの成果は、J-PARC RCSの設計出力1MWでの安定運転だけでなく、将来的なMRのビーム強度増強の実現にも
不可欠になるものと考えられる。これらの成果は、技術的な価値は高く評価され、海外の国際会議で招待講演
として評価された。
以上の理由から、Saha氏を第20回日本加速器学会技術貢献賞に推薦する。
氏名:岩井瑛人、前坂比呂和
所属:高輝度光科学研究センター、理化学研究所
業績:機械学習法の導入によるX線自由電子レーザー性能の高度化
<推薦理由>
岩井氏と前坂氏は、国内で初めて機械学習手法(ML, Machine Learning)を加速器分野に導入し、日常的に
利用できる実用ツールにまで発展させた。両氏が開発したプラットフォームは、加速器利用施設に供与されており、
MLを用いた加速器調整の普及に大いに貢献している。
X線自由電子レーザー(XFEL)の特性は、6次元位相空間内の電子ビーム分布とアンジュレータ磁場パラメータに
よって決まる。XFEL用線型加速器では、電子ビームの加速とバンチ圧縮を異なる周波数のRF空洞の位相や振幅の
組み合わせで行われるが、理想とする電子ビーム分布を得るには、バンチ圧縮過程でのRF位相と振幅調整による
縦方向のバンチ形状の最適化に加え、多数の磁気レンズや四極電磁石による横方向のバンチ形状の最適化、さらに
レーザー増幅に伴う電子のエネルギーロスに合わせて数十台のアンジュレータ磁場強度を調整しなければならない。
こうしたレーザー増幅には電子バンチ内のフェムト秒幅の時間スライスパラメータが関与するため、通常のモニター
機器で計測される電子バンチの射影パラメータだけでは、レーザー光特性を最適化することはできない。従って、
多数の加速器パラメータを変えながら実際に得られるレーザー光を観測し調整を行う必要がある。この多変数最適化の
問題を解決するために、MLで用いられるGPR(Gaussian Process Regression)という手法を導入し、XFELユーザー利用
施設であるSACLAのレーザー調整に用いた。GPRは、ベイズ推定を用いて各入力パラメータから得られる目的関数の形状
を推定し、目的関数を最大化/最小化する入力パラメータセットを探索する。その際推定値の不確実性も同時に得られ
るので、最も大きな改善期待値が得られる入力パラメータを選択することで、効率よく最適値の探索を行うことができる。
岩井氏、前坂氏は、レーザー光の計測値を利用して加速器パラメータの最適化を行うプラットフォームを構築し、同時に
10個以上の加速器パラメータを最適化することが可能なアルゴリズムを開発した。こうした同時調整は複雑な制御システム
となることから、エキスパートによる操作が必要となるが、操作インターフェースの工夫により、通常の加速器運転員でも
容易に使用することができる改良がなされた。その結果、運転員の経験や技量に左右されることなく、ユーザー実験毎
に異なる要求レーザー光特性に対して、迅速な最適化を可能とした。このように、両氏が開発したML加速器調整ツールは、
加速器の調整時間を大幅に短縮するとともに、ビーム性能を最大限引き出すことを可能にする重要な技術であるといえる。
以上の理由から、岩井氏と前坂氏を第20回日本加速器学会技術貢献賞に推薦する。
特別功労賞 The 20th PASJ Award for Distinguished Services
氏名:小花 利一郎
所属:株式会社アールアンドケー
業績:安定性と信頼性に優れた固体高周波増幅器の開発と製造
<推薦理由>
小花氏は、1977年に前身となるアールアンドケー研究所を設立し、医療機器や通信機器に使用される高周波装置、
高周波部品の製造、販売を行ってきた。2010年頃より加速器業界に本格的に参入し、主として大電力高周波増幅器の
設計、製造に力を入れ、国内の大型加速器研究所から小規模研究室の幅広いニーズに合わせた高周波機器を提供し続けている。
近年では、海外の加速器研究所の主要高周波源の製作を手掛けるようになった。これまでに貢献した加速器研究所は
米国を中心に世界各地に広がり、その数は10を超える。代表的な実績は、SLAC国立研究所の超伝導型X線自由電子レーザー
施設LCLS-IIの加速高周波源の製造である。周波数1.3 GHz、連続出力5 kWレベルの固体高周波増幅器約500台を製造し、
99.99999974%の極めて高い稼働率で加速高周波を生成することに成功した。現在は、Argonne国立研究所の放射光施設APSの
蓄積リング用高周波源の入れ換えに伴って新規に導入される固体高周波増幅器の製造を行っている。
小花氏は、高周波増幅器で用いられる要素機器の特性と回路として組み上げた際のシステム応答を熟知しており、
その上で、増幅器の最適設計を自社の設計チームで行ない、コストダウン可能な機器とシステム性能を担保する上で
高い信頼性を有する機器を峻別して調達した後、それらの部品を自社で組み上げて出荷する設計製作体制を確立した。
高い信頼性を必要とする最小限の機器のみ日本製とすることで、国際競争に打ち勝つための低コスト化を実現するとともに、
非常に高い安定性と信頼性を達成することに成功した。これにより国内のみならず世界の加速器研究者から絶対的な信頼を得てきた。
また、小花氏は、新しい技術に挑戦する姿勢無くして会社を発展させることができないという強いポリシーを持っており、
研究所が持ち込む小口の研究開発課題にも多く対応してきた。長年に渡り、優れた製品を日本の加速器業界に提供する
だけでなく、海外の研究機関に優れた製品を数多く提供してきた小花氏の業績は、日本の加速器業界の実力を世界に
広くアピールすることに大きく貢献したと言える。
以上の理由から、小花氏を第20回日本加速器学会特別功労賞に推薦する。
なお、特別功労賞の授賞者には、併行して名誉会員資格を推薦する。
|