日本加速器学会 第17回学会賞

2021年4月27日、5月21日に開催した学会賞選考委員会およびメール審議における選考をもとに、評議員会で審議した結果、第17回(2020年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。(敬称略)


奨励賞 The 17th PASJ Award for Research Encouragement

氏名:全 炳俊
所属:京都大学エネルギー理工学研究所
業績:常伝導加速器を用いた共振器型赤外自由電子レーザの引き出し効率向上に関する研究
<推薦理由>
 全炳俊氏は、近年注目されている高繰り返しアト秒パルスの発生に重要と考えられる、中赤外領域での高強度・数サイクルレーザパルスの発生を目指して、常伝導リニアックを用いた共振器型自由電子レーザ(共振器型FEL)の性能向上研究を行い、京都大学自由電子レーザ装置(KU-FEL)にて9%を超える極めて高い引き出し効率を得る事に成功した。
 共振器型FELの引き出し効率向上は、高強度レーザ発生には不可欠であり、多くの研究が積み重ねられてきた。過去には、日本原子力研究所の超伝導加速器を用いた共振器型FEL(JAERI-FEL)で9%の値が記録されている。これは完全同期長発振と呼ばれるFEL発振モードにて実現されたものであるが、このようなFEL発振は長いマクロパルスを持った超伝導加速器以外では不可能と考えられてきた。これに対して全氏は、常伝導加速器を用いた共振器型FELにおいて「Dynamic Cavity Desynchronization(DCD)法」および「熱陰極高周波電子銃の光陰極運転の導入」により、引き出し効率を向上させ、9.4%の極めて高い引き出し効率を達成した。
 全氏の研究成果は、これまでの共振器型自由電子レーザの既成概念を打ち破る大きなインパクトを有し、共振器型FELのさらなる性能向上や、これまでは不可能と思われてきた共振器型FELの強光子場科学への応用へ道を開くものである。
 以上の理由から、全氏を第17回日本加速器学会賞奨励賞に推薦する。

氏名:郭 磊
所属:名古屋大学シンクロトロン光研究センター
業績:半永久的に再利用可能な光陰極基板の開発および高性能光陰極の基礎研究
<推薦理由>
 郭磊氏はNEA-GaAs光陰極の劣化機構の解明、高寿命化研究、CsK2Sb光陰極における高い再現性を伴った高量子効率の実現など、学生時代から一貫して光陰極の研究を続けている。特にCsK2Sbの研究においては、生成される光陰極の性能が蒸着基板の酸化の有無、原子配列(面方位)、半導体の型(キャリア)に強く依存することを系統的な研究から明らかにしている。「瞬間最大風速」を狙う光陰極研究が多い中、地道なデータを積み重ねて結論を導きだした点は評価すべきである。
 このような研究の基本をきちんと押さえたスタイルは、本学会賞の直接の推薦対象となった研究でも生かされている。郭氏は、基板上のグラフェンコーティングの有無によるCsK2Sb光陰極の性能への影響を評価し、グラフェンをコーティングした場合に量子効率が相対値で数10%程度上昇することを見出し、また、同じ基板へ清浄化した後に繰り返し蒸着を行った場合、通常の金属や半導体などの基板でみられる性能劣化が、グラフェンをコーティングした基板では見られないことを初めて見出した。光陰極の実用化の上では、寿命と並び、その再現性が課題であり、この成果は光陰極の実用化、加速器への導入にインパクトのある重要な成果である。光陰極はビームへの高い操作性など電子加速器の性能向上に直結することから、郭氏の今後の活躍と、それによる加速器科学の発展が期待できる。
 以上の理由から、郭氏を第17回日本加速器学会賞奨励賞に推薦する。

技術貢献賞 The 17th PASJ Award for Technological Contribution

氏名:安積 隆夫、大竹 雄次
所属:高輝度光科学研究センター
業績:高信頼性・高保守性・高輝度ビーム特性を兼ね備えたグリッド熱陰極RF電子源の開発
<推薦理由>
 安積隆夫氏と大竹雄次氏は、安価な汎用グリッド付き熱陰極を用いた低エミッタンスRF電子源を設計製作し、プロトタイプでの実証試験を経て電子源システムの実用化を果たした。開発した電子源は信頼性と保守性に優れ、かつ低エミッタンスであるというユニークな特長をもち、EUVや軟X線用のFEL用線型加速器などの電子源への応用も期待される。
 カソード寿命が長く操作性のよいグリッド付き熱陰極電子銃は、素粒子原子核実験、放射光施設、赤外FELなどの加速器において広く利用されてきた。しかしながら、グリッドのレンズ効果によるエミッタンス増大が避けられず、数µm-radの低規格化エミッタンスが必要な軟X線やX線FEL用加速器にはこれまで採用されなかった。グリッド付き熱陰極電子銃は、カソード-グリッド-アノードの3極管構造であり、カソード-アノード間の電場ポテンシャルがグリッド電場の重畳により歪むと、レンズ効果によって電子ビームのエミッタンスが悪化する。従来の熱電子銃では、空間電荷効果によるエミッタンス悪化を抑制するためカソード-アノード間には数100 kVの高電圧を印加していたが、安積氏と大竹氏はこれをあえて50 kVまで下げ、通常のパルサー電源を用いてグリッド電場をカソード-アノード間の電場にマッチさせ、ポテンシャルの歪みをなくしてグリッドを透明化する条件を見出した。一方、空間電荷効果に対しては、238 MHz RF空洞を電子銃直下流に配置し、速やかに500 kVまで電子ビームを加速することでエミッタンスの悪化を抑制している。また、電圧を50 kVまで下げたことにより大気中で絶縁を担保できるため油タンクは不要、グリッドによりカソードから直接1 ns以下の短パルスを引き出せるので電磁チョッパーなども不要になり、電子源全体がコンパクトで保守性のよいシステムとなっている。
 大竹氏が着想して基本設計を行い、安積氏が詳細設計、製作とビーム試験を実施した電子源は、実証試験においてバンチ電荷量1 nC、ピーク電流1 A、規格化エミッタンス2.5 µm-radの低エミッタンスビームの生成に成功している。この電子源システムは既に兵庫県ニュースバル放射光施設の1 GeV線型加速器用電子源として稼働し、さらに仙台で建設中の次世代放射光施設の入射器にも導入が決まっている。安積、大竹両氏が開発したグリッド熱陰極RF電子源に関する知見と技術は、電子線型加速器用電子源の新たな可能性を示し、今後、既存電子源の高度化や先端電子源開発に大きく貢献するであろう。
 以上の理由から、安積氏と大竹氏を第17回日本加速器学会賞技術貢献賞に推薦する。
氏名:密本 俊典
所属:住友重機械工業株式会社
業績:AVFサイクロトロンによる世界初のBNCT用加速器システムの開発
<推薦理由>
 従来、ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)は実験用原子炉を使用して行われていたが、BNCTの普及のためには病院に併設できる加速器中性子源が必要であった。世界的には1980年代から加速器中性子源の開発が進んでいたが、BNCTを実施するための実用的な熱外中性子束(> 1×109 n/cm2/s)を得るための大電流陽子線加速器や、中性子発生のためのベリリウムないしリチウムターゲットの開発が特に困難であった。
 住友重機械工業株式会社(SHI)の密本俊典氏が率いるチームは京都大学原子炉実験所(当時)の提案を受けて、30 MeV、1 mA陽子AVFサイクロトロンおよびベリリウムターゲットの組み合わせによる加速器中性子源の開発を2007年頃から開始した。
 大電流小型AVFサイクロトロンに関しては世界的にはカナダTRIUMFのTR-30やベルギーIBA社のC30サイクロトロンが1mA程度を達成している。日本ではこれまで放射性核子製造用の50~100µA程度の小型AVFサイクロトロンは設計、製造されていたが、高電流の装置は開発されてこなかった。密本氏のチームはBNCT用に新たにサイクロトロン開発を行い、垂直方向のマッチングを良くするために新たに開発されたハの字型スパイラルインフレクタを用いて2009年に1 mA以上のビーム引き出しに成功した。
 ベリリウムターゲットについては、打ち込まれた水素がターゲットにガスとして溜まっていきターゲットを壊してしまういわゆるブリスタリングという現象を抑えるために、ターゲット厚さを飛程より若干薄くしている。また渦巻き状の強制水冷構造を用いることによって、長期間安定に30 kWの入熱に耐えられるターゲットの開発に成功した。
 2012年より医療機器承認を目指した治験を開始し、2020年3月に頭頚部がんの治療に関して医療機器承認を得ている。2020年6月には保険適用が開始され、国内では2か所でBNCTの治療を受けることができるようになっている。BNCT用の加速器中性子源が承認を受けたのは世界で初めてであり、新しい治療装置として、適用拡大など今後の発展が期待されている。加速器のがん治療への応用について、電子線ライナック、陽子線治療装置、重粒子線治療装置などがあったが、これによりBNCTも新たに追加されることになった。医療分野での応用という生活に密着した分野での実用化であり、社会に対する貢献度も大きいと考えられる。
 密本氏は世界初の実用的な加速器BNCTシステムの装置責任者として開発の当初から参画して、世界レベルの高電流小型AVFサイクロトロンを開発し、世界初の加速器BNCT治療システムを作り上げてきた。
 以上の理由から、密本氏を第17回日本加速器学会賞技術貢献賞に推薦する。

特別功労賞 The 17th PASJ Award for Distinguished Services

氏名:山内 英明
所属:タイム株式会社
業績:高周波加速空洞の精密加工と利用拡大
<推薦理由>
 山内英明氏は、精密機械工学に関する大学を卒業後、メーカー勤務を経て、家業であった山内鉄工所に参画した。そして、1988年に法人化を果たし、1992年にタイム株式会社の代表取締役に就任してから約30年間にわたり、経営者として同社を牽引するとともに、精密機械加工に関するエキスパートとして、顧客のニーズに応えながら新しい技術を探求してきた。
 同社は、主力事業の半導体・液晶製造装置で培った精密機械加工技術を加速器分野にも広く適用したいと、大手メーカーへの協力を通じてJ-PARCの高周波加速空洞の開発と製作を手がけ、その建設に貢献した。そしてその後も、高エネルギー加速器研究機構、日本原子力研究開発機構、理化学研究所、産業技術総合研究所、米国ブルックヘブン国立研究所などの国内外の研究機関や大学、民間企業とともに、加速ビーム種と加速構造が多種多様な線形加速器や高周波加速空洞の開発と製作を担当している。高周波加速空洞の共振周波数は、各部分の仕上寸法によって変化する。また高周波加速空洞としての品質を表すQ値は材料の純度や内部表面の仕上粗さによって左右される。もちろん工作機械の加工精度は重要であるが、治具や接合方法、さらに工順によっても仕上がりが異なってくる。また、材料の手配や加工時の取り扱いにも細心の配慮が必要である。
 山内氏は、豊富な知識と長年の経験をもとに、加速器研究者やビームユーザーからの難しいリクエストにも応じながら、原理実証機から実用機まで数多くの高周波加速空洞の開発と製作を手がけるとともに、産学連携により高周波四重極加速器の新しい製造方法などを考案して積極的に特許化するなど、精密加工技術を通じて国内外の加速器の運転性能の向上に貢献してきた。そして近年は理化学研究所や東京工業大学と共同で小型加速器中性子源の普及にも取り組み、産業分野での利用拡大も期待されている。
 以上の理由から、山内氏を第17回日本加速器学会賞特別功労賞に推薦する。