日本加速器学会 第12回学会賞
2016年5月11日開催の学会賞選考委員会における選考をもとに評議員会で審議した結果、
第12回(2015年度)加速器学会賞受賞者は下記の通り決定した。(敬称略)
奨励賞 The 12th PASJ Award for Research Encouragement
氏名:藤本 哲也
所属:加速器エンジニアリング株式会社
業績:加速を伴う遅い取り出しビームのエネルギー変動補正に関する研究
<推薦理由>
シンクロトロンを利用した粒子線がん治療装置では、線量管理の観点から遅いビーム取り出し法が
採用されている。その中で、エネルギー加速(減速)による遅いビーム取り出し法は、治療照射法
の一つである拡大ビーム照射(ワブラー)法に用いられてきた。一方、この遅いビーム取り出し法
では、エネルギーの変化に伴い体内飛程も変化するために3次元スキャニング照射には用いること
はできなかった。この問題を解決するために、藤本哲也氏は、回転型エネルギーアブソーバーを使
用するエネルギー変動補正方法を考案し、その実現可能性をシミュレーションによって示すととも
に、群馬大学の重粒子線がん治療装置において、治療ビームを用いて本補正方法を検証することに
成功した。これにより、エネルギー加速(減速)型遅いビーム取り出し法においても3次元スキャ
ニング照射が可能であることを実証した。これにより、2016年3月、群馬大学より博士号を授与された。
遅いビーム取り出し法には主に3つの方法、すなわち、①チューンを共鳴に近づけながら取り出す
方法、②ビームエミッタンスを増大させる方法(RF-KO法)、③エネルギー加速(減速)法がある。
これまで3次元スキャニングに応用されてきた①と②の方法に加え、藤本氏の研究成果により、
③の遅いビーム取り出し法でも3次元スキャニングに適応できるようになった。これにより、
すべての遅いビーム取り出し法で3次元スキャニングを適応することが可能となり、藤本氏の
研究成果は日本の加速器技術の向上に多大な貢献をなしたといえる。
技術貢献賞 The 12th PASJ Award for Technological Contribution
氏名:山口 由高
所属:国立研究開発法人 理化学研究所
業績:世界初の重イオン蓄積リング個別入射方式の開発
<推薦理由>
山口由高氏は、2014年理研RIビームファクトリー(RIBF)において完成したサイクロトロン型重イオ
ン蓄積リング「稀少RIリング」において、超高速応答キッカーシステムを開発し、世界で初めて重イ
オン蓄積リングへの個別入射方式を完成させた。
稀少RI蓄積リングは、宇宙元素合成過程rプロセスの経路を解明するために1日に1個程度しか生成で
きない極稀少な不安定核(稀少RI)の質量を1 ppmというこれまでにない精度で決定するという目的に
特化した重イオン蓄積リングである。高精度等時性磁場構造を実現することによって、稀少RIのリン
グへの入射から約2000ターン周回させて取り出すまでの飛行時間からその質量を決定する。
したがって生成された稀少RIを逃さずにリングに入射することがきわめて重要である。
個別入射方式とは不安定核生成分離器(超伝導RIビーム生成分離装置 BigRIPS)で生成された直後
に核種を同定された稀少RI自身が、リングへ入射するためのキッカー電磁石を直接トリガするという
仕組みである。
稀少RIがトリガ信号を作り、それをリングのキッカー電磁石に伝送してRIがキッカー位置に到達する
時刻に合わせてキッカー磁場を励磁し、狙ったRIを確実にリングに入射する。
これを実現するには超高速で応答するキッカーシステムの開発が必須であり、トリガ信号を受けて
から400 nsという速い応答で磁場を立ち上げる必要がある。さらにこのシステムには入射から約700μs後の
取り出しのための再励磁を可能にする高速充電機能、繰り返し最大100 Hzでの入射取出動作、生成時刻を
予想できない稀少RIに備えるための常時100%充電、および磁場の安定性1%以内という厳しい性能が要求される。
立ち下がりもまた高速である必要があり、粒子が1ターンする300 ns後には残留磁場が1%以下でなければならない。
山口氏は、2005年より稀少RIリングの開発に参加し、この個別入射方式の開発を担当した。高速FETと
高速パルストランスを組み合わせたグリッドパルサー回路を開発してキッカーの超高速応答を成し
遂げ、高速の正弦波主充電と500 kHz共振補充電を組合せたハイブリッド充電方式の開発により高速充電、
常時100%充電および充電電圧の高精度化にも成功した。キッカーの高速化を達成したことにより、
当初キッカー励磁を粒子到着に間に合わせるために大きく迂回させていたビーム輸送ラインは大幅に縮小
することが可能となり、建設予算の削減にも貢献した。
山口氏の開発した個別入射方式は、2014年稀少RIリング完成直後に実施したα線を用いたリングの動作
テスト実験から設計通りに稼働し、続く2015年6月のビームコミッショニングでは76Kr36+ の1粒子の個
別入射、蓄積、取り出しを成功に導いた。これにより完成した稀少RIリングがほぼ設計通りに動作する
ことが示された。さらに同年12月のビーム試験においては36Ar、35Clを用いて個別入射方式によって質
量測定が可能であることを実証した。これらの一連の実験の成功は、完成した稀少RIリングがrプロセス
核の精密質量測定をなし得るポテンシャルを持つことを証明するものである。実験を成功に導いた主な
要因の一つが山口氏の主導した個別入射方式の確立と超高速応答キッカーシステムの開発であり、
氏の技術的貢献は非常に大きく、技術貢献賞に値するものと評価できる。
特別功労賞 The 12th PASJ Award for Distinguished Services
氏名: 藤縄 雅
所属: 国立研究開発法人 理化学研究所
業績: 加速器施設に世界初の熱電併給装置(CGS)導入他
<推薦理由>
藤縄雅氏は、企業のエンジニアとして電力プラント建設の経験を積んだ後、加速器に関しては、1988
年放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置(HIMAC)の建設に初めて参画された。HIMAC建設で
はプラント建設の経験を加速器分野で生かし、機器担当業者および土木建設業者間との調整業務を担
当された。その後、兵庫県立粒子線医療センター(HIBMC )建設の取り纏めを担当された。1999年に
理化学研究所に移り、RIBF建設に計画段階から参画し、特に加速器付帯設備の開発から施工に至るま
で、幅広く取組まれている。
RIBFでは、環境規制や予算的制約から計画遂行が懸念されたが、加速器施設の受電・配電系統に天然
ガスを燃料とする熱電併給装置(CGS:Co-Generation System)の導入を提案し、大型加速器施設で初
めてとなる適用を実現させた。ガスタービン発電機からの電力を系統電力と連携し、停電時は系統と
切り離し無停電電源として運用するとともに、タービンからの排気 ガスを熱源とする吸収式冷凍機を
用い、加速器装置の冷却水と建屋の空調に利用している。これは、初期設備費用の合理化と運転経費
削減の経済性を備え、また環境適合性に優れている。更に大容量の無停電電力の供給が可能なことか
ら、超伝導機器をはじめとする、加速器システムの安定運転に寄与している。
この成果を学会誌「加速器」や国際会議WAO2007(Workshop on Accelerator Operations)で
講演するなど話題を提供し、CGSを採用する事例(イタリア、トリエステシンクロトロン放射光施設 ELETTRA)
が見られる様になった。電力系統に限らず、ケーブル、クレーン、冷却系などの加速器施設に即した
付帯設備の技術開発に取り組み、また国際リニアコライダー(ILC)の環境適合性検討へも積極的な
提言を行っている。こうした活動は、付帯設備の技術開発を通し加速器分野の発展に大きく貢献して
おり、高く評価されるべきものである。
氏名:高田 栄一
所属:放射線医学総合研究所
業績:粒子線がん治療用加速器の信頼性向上と運転維持管理活動
<推薦理由>
高田栄一氏は、医療用加速器としてHIMACを円滑に稼働させるために、加速器およびその構成機器の
原理に基づいた運転手法を運転員に教育し、故障時においてもその場しのぎの対応に陥ることを避け、
根本原因を取り除くことを目指した技術指導を行ってきた。さらに、その維持にあたっても、
故障予防的な維持活動を計画し着実に実行してきた。その結果、20年以上にわたり、HIMAC加速器
の稼働率99%以上という高信頼性運転を達成し、HIMACを用いた重粒子線がん治療の臨床研究および
共同利用研究が国際的に高い評価を得ることに多大な貢献をなした。この成果は粒子線がん治療の
普及においても、安全性と信頼性の両面で重要な役割を果たしたといえる。
さらに、高田氏は、このような運転維持管理手法をHIMACだけに留めることなく、粒子加速器運転の
信頼性に関する国際ワークショップARW(Accelerator Reliability Workshop)およびWAO の旗振り
役の一人として、科学的手法に基づいた加速器の運転維持を国際的にも推し進めてきた。
こうした粒子加速器の高信頼性運転に向けた活動は、加速器科学分野において非常に重要であり、
科学的見地に立ち、国際的な連携をとって推進する同氏の取り組みは高く評価されるべきものである。
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