第11回(2014年度)加速器学会賞受賞者が決定した。
2015年5月17日開催の学会賞選考委員会における選考をもとに、評議員会で審議した結果、以下のとおり決定した。

受賞者の氏名(敬称略)

  
奨励賞
PASJ Award for Young Scientists
  山田 雅子 Paul Scherrer Institute
  
技術貢献賞
PASJ Award for Technical Contributions
  中川 孝秀 理化学研究所

受賞者の氏名(所属)、研究課題等、推薦理由は、以下のとおりである。

奨 励 賞

氏名:山田雅子
所属:Neutron Optics and Scientific Computing Group, Paul Scherrer Institute
業績:強度変調型永久六極磁石を用いた中性子磁気レンズの開発及びその応用研究

<推薦理由>
山田雅子氏は京都大学理学部在学中からパルス中性子ビームの高密度化を目的とした中性子磁気レンズ、 強度変調型永久六極磁石(mod-PMSx, modulating Permanent Magnet Sextupole)の研究を始め、以降、 それらを基礎として中性子利用実験の高度化に関する研究開発に精力的に取り組んでいる。

電荷を持たない中性子ビームも磁気能率を持つため、磁場勾配が軸からの距離に比例する六極磁場を用いれば集束できる。 パルス冷中性子ビームではToFがエネルギー相関を持つため、6極磁場をエネルギー(ToFの時間タイミング)に同期して 変調できれば広いエネルギー分散をもつワイドバンドのパルス冷中性子ビームを色収差の影響を避けて集束が可能になる。 このアイデアに基づく研究開発は山田氏が参加した頃には既に開始されてはいたが、実用化に向けた様々な問題に直面していた。 六極永久磁石を同軸状の二重リング構造とし、固定内輪のまわりで外輪を回転させ強度変調を行うが、 内輪での渦電流損や鉄損の低減が安定な運用には不可欠であった。また早い (30Hz) 回転速度の実現には、 回転時に発生するトルクの平滑化を図る必要もあった。山田氏は実用化に向けこれらの課題を1つ1つ解決していった。
渦電流損については積層構造における厚さの最適化により、鉄損については加工後の素材の焼鈍条件を工夫し磁性特性を改善させることで低減させた。 またトルクの平滑化を図るためトルクキャンセラーを導入、実装した。開発した装置の性能実証は、 フランス・グルノーブルのInstitut Laue Langevin (ILL)の極冷中性子ビームラインで行われたが、 山田氏は現地で実証試験に当たり実験の成功へ大きく貢献しただけでなく、開発したmod-PMSxを用いた コンパクトな中性子小角散乱測定システムや中性子2次元イメージング計測システムの構築等でも中心的な役割を果たした。
強度変調型永久六極磁石mod-PMSxは、集光波長範囲としてこれまで達成されたことのない広いスペクトル幅(λmax/λmin = 2)を達成、 中性子束として対象波長域で43倍と高い集光効率を実現した。この装置は比較的コンパクト、安価でビームラインでのアライメントや運転が容易なため、 利便性が高く、中性子を用いた計測システムに幅広く利用されることが期待されている。

このように山田氏の研究成果は、中性子ビーム光学の発展に大きく寄与する優れた業績であることから加速器学会・奨励賞に推薦する。


技 術 貢 献 賞

氏名:中川 孝秀
所属:(独)理化学研究所
業績:大強度重イオンビーム用ECRイオン源の開発

<推薦理由>
すべてのイオン加速器施設においてイオン源は、ビームの強度と質と安定性を決定する最重要装置の一つであり、 また近年、世界各国で建設される重イオン加速器で使われるイオン源の主流はECR(電子サイクロトロン共鳴)イオン源である。 中川孝秀氏は、以下に詳述するように、1980年代以降、ECRイオン源の研究開発に従事し、イオン源の高性能化に関する 多くの画期的業績を上げ、世界の加速器に対して大きな影響を与えてきた。

(1)新手法の開発
ECRイオン源のプラズマ容器内壁を二次電子放出し易い物質(アルミナ、マグネシア等)でコーティングし、 低速電子密度を増加させることで多価イオンビームの生成効率を上げた。 さらに、プラズマ容器内の適切な位置に挿入した負電位電極によって、ビーム強度増強が実現できることを明らかにした。 これらはイオン源設計上の重要な手法と認識され、世界の多くの研究所で採用されている。

(2)大強度イオン源の設計・製作
1995年、理研重イオンリニアック用18GHzECRイオン源の設計開発を行い、 当時のマイクロ波周波数世界最高値からの期待に違わず、2mAのAr8+ビーム生成に成功して世界記録を更新した。 また、より高い磁場利用を目指し、直接冷却型超伝導ミラーコイルを開発し、超伝導ECRイオン源を実現した。 このイオン源は2000年代初頭には世界各所で製作され実用に供された。 さらに、ウランビーム強度増強を主目標に、最大磁場強度3.8Tマイクロ波周波数28GHzの超伝導ECRイオン源を開発し、 2011年度に大強度U35+ビームの長時間安定供給に成功し、理研RIファクトリーにおける多数の新同位体生成に貢献した。

(3)プラズマの解析
プラズマ中の電子密度、電子温度、イオン閉じ込め時間の三パラメターを、レーザーアブレーション法により同時測定し、 イオン源構成要素(磁場強度・形状、マイクロ波周波数・強度など)の影響を解明。 特に共鳴領域の磁場勾配が多価イオン生成に大きく影響することを明らかにした。

(4)イオンビーム生成法の開発
ガス状有機金属化合物のプラズマ容器への導入や、物質酸化物のプラズマ中への直接挿入等により、 種々の多価イオンビームの生成に成功。この手法により長時間安定供給された70Znビームは、113番元素の生成に大きく貢献している。

このように、中川氏が切り拓いてきたECRイオン源の技術開発は、日本の加速器技術の向上に多大な貢献をし、すでに世界的にも高い評価を得ている。
この理由により、中川孝秀氏を日本加速器学会・技術貢献賞に推薦する。